■ 犬 ■
犬の絵  「お兄ちゃんが犬にかまれた!」
「どうしたん!どこ?」
 辛抱して家に帰ると、妹は堰を切ったように泣きだし、母は、顔を青くした。
 私は、痛みも覚えず緊張して、黙ったまま、破れて血の滲んでいる半ズボンを指差していた。


 私が小学二年生、すぐ下の妹が五才の時だった。ある土曜日の夜、
「明日、朝の配達のあと、お父ちゃんは釣りに行こうか思うけど、お前ら二人で夕方の配達できるか」
「できるで」
 私は、なんとも思わず、返事した。


 しかし、荷物用の大型自転車に、深さ五十センチぐらいと、十五センチぐらいのパン箱を乗せ、前の籠に小物、 後輪の両サイドにズックでできた牛乳二十本ずつが入るような袋をつけるのである。少々体が大きいと言っても、 小学二年生の私が、それを、山に向かって坂道を押し上げて、何十軒というお客さんにパンや牛乳、その他を配達するのは、 結構きつい仕事である。


 自転車に乗ったり、降りたりすることはもちろんできない。坂道を押しながら、
「向こう側に倒れたらどうしよう」
「ブレーキがちゃんときくやろか」
「スタンドがちゃんと立つかなぁ」
 自転車そのものを動かすことが、まず大変だった。
 その上で、配達する全体のコースを十分頭に入れて、その時その時の細かい道、自転車を止める位置、妹への指示をうまく考えて、 何十軒ものお客さんに配達するのである。
 食パン、菓子パン、牛乳など決まった数でないお客さんには、そのつど注文を聞き、パンを切って包装したり、 注文品を揃えたりしなければならない。パンを切るといっても、自転車の荷台の上の、浅いのと深いのと、二つのパン箱の上に、 箱の蓋を裏返す。子供にとっては高く不安定なその上で、包丁の柄を下から持ち、パンの向こう側は見えないまま、 少しずつ動かして切るのである。
 持ち合わせのないものは後で配達するよう段取りをする。配達の大半が「付け」で月末にまとめて集金をするため、 お客さん毎に品目、数量、個数をすべて覚えておき、帰ってから一覧表に記入しなければならない。
 一番困るのは、お客さんに注文を聞きに行っても、すぐに応答がない場合である。門の掛けがねを外して玄関まで行ってよいのか、 また留守の場合には、犬や猫などに見つからないように、しかもお客さんの分る場所に置くのがよいのか、考えなければならない。


 今回の出来事は、山の麓にある大きな外国人住宅地の中の一軒で起こった。
 極端な急坂で、しかもヘヤピンカーブの箇所があった。妹と二人で慎重に自転車を操作して、ようやくその坂を下り、 緩やかになった位置まで来て停車した。そこから坂を少し歩いて戻った外国人の家に、食パン二斤を届けに行った時である。 運悪くメイドさんが買い物に出かけたらしくて留守であった。
「ここは留守でも、二斤置いとくんやから」
 特に深く考えず、背伸びをして内側の掛けがねを外し、戸を開けて中に入ろうとした。
 その瞬間、何の前触れもなく、黒い大きな熊のような動物が、吠え立てるでもなく、いきなり私の腿の付け根に噛み付いた。 とっさには何がなんだか分らず、
「何か大変や。早よ逃げなあかん」
 必死で戸を押し返した。
 私が背伸びをして掛けがねを外す間、後ろで二斤のパンを持って待っていた妹が、突然、
「パンあげるから、ご免して!」
 持っていたパンを、その黒い動物に投げつけて逃げた。追いかけられたら大変である。
「手噛まれてもええから、閉めなあかん」
 急いで掛けがねをかけ、二人で必死で逃げて、自転車のところまで戻った。


 その家のほうを振り返りながら、自分の腿を見ると、何ヶ所かズボンが破れて真っ赤な血が滲み出ていた。 不思議に痛みを感ずることもなく、私と妹は押し黙ったまま、配達の続きを開始した。歩くと痛みが出てきて、 血が半ズボンの下のほうに流れてきた。今から考えると、信じられないが、本当にそのまま残りの家の配達を続けたのだった。
 私は悲壮な気持ちで、どう配達を終えるか、とのみを考えて、妹に何か言ってやるという気持ちの余裕などなかった。 妹は妹で、兄が犬に噛まれて怪我をして、誰も大人がいなくて、早く家に帰って母親に告げたい、と言う思いで一杯だったのであろう。
 家に帰り着いたとたん妹は、母にしがみついて、泣き出したのだ。


 とにかく、泣いてみても、騒いでみても、そのとき父はいないのだから、根性を出して配達を終えなければ、と言う思いのみだった。


 後日、父が聞いたところでは、たまたま、あの日は、メイドさんが買い物に出る時、用心のため、セパードの子犬を放しておいたらしい。 黒い大きな熊のような動物は、セパードの子犬だったが、小学二年生の私には、とてつもなく、大きな動物に思えた。
 今でも、腿の付け根に、大きく噛み跡が痣になって残っているから、結構大きな傷だったようである。


 「大人も子供もない。やる時はやらなあかん。人間、やる気さえあったら、何でもできるようになっとる」
「ボヤッとすな。よう見とけ」
 毎日の配達で言われている、その父のやり方をこの際、自分もやってみよう、という子供なりの意気込みがあった。
 煙草と、ほんのたまの釣り以外、娯楽といえば、いつも家族一緒で何か工夫をして楽しむことにしていた父である。 家族のために懸命に働いている父に、その好きな釣りをさせてあげたい、という気持ちが子供心にあったと思う。


 痛かった、怖かった、という気持ちよりも、
「やれた」
 という気持ちが強く残っていた。


 高校生ぐらいになった頃、母が思い出話のついでに冗談めかして、
「よく、小さな子供に商売させて、釣りに行ったもんやね」
   と言ったことがあったが、私は、
「そうと違う。お父ちゃんも、よっぽど疲れとったんやで。俺はちっとも苦にならんかったし、お父ちゃんがいつもしよることを、 よーしやってみよう、と言う気になっとった。犬に噛まれても、その気持ちには、ちっとも変わりはあらへん」
 誇らしげに言ったものだ。


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